「ゾディアック事件」解体新書File10

Japenese

ゾディアックと暗号

暗号とは、本来、特定の情報の伝達において用いられる情報伝達の形式の一種である。歴史的・構造的に見て、暗号が機能するための要素は主に以下の4点に分類される。

秘密の保持
第三者に解読されることによって不利益が生じるデータや情報を防護し、秘密の維持を図ること。

敵への秘匿
対立関係にある存在や敵対者に対し、情報の内容、意図、あるいは作戦方針などを覆い隠し、奪取を防ぐこと。

味方への伝達
共通の鍵や手順を共有する特定の受取手(味方)に対してのみ、意図したメッセージを確実に届けること。

パズル的要素
一定の規則に基づき構成された記号群を解き明かすプロセスそのものに、娯楽性や知的試行錯誤の側面が存在すること。

ゾディアックの暗号のタイプ

解読されたゾディアックの暗号のうち、代表的な二つの文章(Z408およびZ340)の内容は以下の通りである。

Z408においては、「私は殺人が好きだ。なぜなら森で野獣を狩るよりも楽しいからだ。人間は最も危険な動物である。死後はパラダイスで生まれ変わり、殺した人々は私の奴隷になる。私の名前は教えない。教えれば奴隷を集めるのを邪魔されるからだ」といった趣旨の文章が記されていた。 また、2020年に解読されたZ340においては、「テレビに出て自分について話していたのは私ではない。私はガス室を恐れていない。なぜなら私をパラダイスへ送るのが早まるだけだからだ。私には十分な奴隷がいる」という内容が提示された。 これらの解読結果を検証すると、そこに軍事上、政治上、あるいは犯罪実行上の「防護すべき機密情報」は一切含まれていない。将来の具体的な犯行計画、犯行グループの組織構造、あるいは秘匿すべき資金・武器の所在といった実質的価値を持つデータは存在せず、自らの主観的妄想やメディアの主張に対する反論が述べられているのみである。したがって、ゾディアックの暗号は機密保持を目的としたものではない。

暗号技術が軍事や外交で使用される場合、送信者と受信者の間には明確な「味方」の存在が前提となる。しかし、ゾディアックの事例においては、暗号化された文章を受け取り、解読した上で特定の行動を起こすべき「味方」や「共謀者」は存在しない。送付先はすべて不特定多数に開かれた新聞社や警察機関である。 また、警察当局や世間を「敵」と仮定した場合であっても、敵に対して情報を隠蔽・秘匿しようとする態度は見られない。むしろ、暗号が紙面に掲載されなければ追加の殺人を実行すると主張し、解読されることを積極的に要求している。つまり、敵に対して内容を隠す立場ではなく、解読そのものを強制する立場をとっている。この構造において、秘匿すべき敵も、伝達すべき味方も存在しない。

パズル的な要素の有無

暗号の中に保護すべき機密が存在せず、かつ伝達すべき味方や秘匿すべき敵も存在しない場合、その暗号が担う機能は「パズル的な意味」へと純化される。 新聞紙面に掲載されるクロスワードパズルにおいて、完成した後に現れる文章や記号の配列そのものには、社会的な実用性や情報的価値は存在しない。解読者にとって重要なのは、提示されたマス目や条件に従って記号を当てはめ、正解に到達する「解読のプロセス」そのものである。 ゾディアックが作成したZ408やZ340も同様の性質を持つ。Z408はアルファベットを別の記号に置き換える単一換字暗号の形式を採り、Z340は記号の配置を対角線状に移動させて並べ替える複雑な転置・置換構造を組み込んでいた。送信者は、解読者が記号の規則性を発見し、グリッド(格子)を埋めていく過程そのものを発生させるためにこれらの記号列を組み上げた。 暗号文に含まれる言葉の内容は解読させるための「回答コード」に過ぎず、意味内容そのものに重要性は存在しない。文章の内容ではなく、解読困難な盤面を提示し、それを解かせるという相互作用のみが抽出されている。この構造は、実用的な暗号技術ではなく、ルールに基づいて提示された知的なパズルそのものである。

暗号というシステムは、歴史的に「機密の保持」「敵への秘匿」「味方への情報伝達」という実用的な目的のために発展してきた。しかし、1969年にゾディアックと名乗る人物によって送付された一連の記号列には、これらの実用的要素が一切含まれていなかった。 解読された本文に秘匿すべき一次情報は存在せず、秘密を共有する味方の存在もなく、敵に対して情報を隠す意思も存在しない。提示された暗号文は、送信者が自己の安全な領域から社会へ向けて投擲した「解読手順付きの盤面」であり、本質的には言語を用いたパズル構造に過ぎない。 したがって、ゾディアックが警察および新聞社へ送りつけた一連の文章・記号群は、情報伝達手段としての暗号ではなく、解読行為そのものを目的として構築された「パズル」であると結論づけられる。

ゾディアックがしたかった事

事件の実行犯ではないにもかかわらず、警察の内部資料を悪用して犯人に成りすました人物(ゾディアック)が、一連の行動を通じて真に何を達成しようとしていたのか。金品の要求、社会的混乱の創出といった一般的な犯行目的と対比させながら、彼が示した行動の特異性と真の意図について検証を行う。

脅迫事件や劇場型犯罪において、犯人が提示する最も一般的な目的は金品の要求である。しかし、ゾディアックが警察機関や新聞社へ送付した初期の手紙および暗号の中には、金銭や物資の支払いを求める記述は一切存在しなかった。身代金の要求や特定の企業・団体への金銭的ゆすりといった経済的利益の獲得は、彼の行動動機から完全に除外される。 手紙には、「暗号を新聞の一面に掲載しなければ、週末に無差別殺人を実行する」といった過激な脅迫が含まれていた。この予告により、市民社会および捜査機関が激しい恐怖と混乱に陥ったことは事実である。 しかし、もし彼の主目的が「市民への恐怖植え付け」や「社会機構の攪乱」そのものであったならば、事件の実行犯になりすました上で、刺激的な殺人予告や警察を嘲笑する手紙を送付するだけで目的は十分に達せられる。社会にパニックを引き起こす手段として、複雑な記号列で構成された暗号を作成し、それを添えて送付する合理性は存在しない。脅迫文のみで恐怖の創出は可能であり、暗号の存在は社会的混乱の引き起こしという目的において不可欠な要素とは言えない。

暗号解読への強制

ゾディアックが最初の手紙において提示した暗号(Z408)は、意図的に3つに分割され、別々の新聞社へと送付された。そして、3社すべてが紙面に暗号を掲載しなければ殺人を実行すると迫り、全機関に対して暗号の開示を強制した。 さらに彼は、手紙の中で「この暗号の中には私の正体(名前)が含まれている」と明記し、受取手に対して暗号を解読させるための明確な動機づけを行っている。金銭の要求であれ、社会の攪乱であれ、あるいは単なる警察への嫌がらせであれ、目的を達成する上で解読に多大な労力を要する暗号を提示する必要性はどこにも存在しない。にもかかわらず、彼は暗号を3分割してメディアに分配し、そこに自身の名前があると提示してまで、社会全体にその解読作業を強制することに執着した。

ゾディアックの一連の行動を精査すると、金品獲得や単なる社会的不安の醸成といった従来の犯罪目的だけでは説明がつかない構造が浮き彫りとなる。それらの目的を果たそうとする場合、手間と時間をかけて構築された暗号の存在は冗長であり、不要な要素でしかない。 しかし、彼は手段であるはずの「暗号の送付」と「その解読」に対して強い執着を見せた。3社への分散送付、掲載の強要、正体が含まれているという動機づけなど、すべての行動は受取手および社会全体に対して「提示した盤面を解かせること」へ集中している。 したがって、彼が犯人に成りすましてまで果たそうとした主たる目的は、自身が作成したパズルを社会へ提示し、それを解読させるプロセスそのものにあったと結論づけられる。暗号は目的を達成するための副次的な道具ではなく、暗号を解読させること自体が彼の行動の核心であった。

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