「ゾディアック事件」解体新書File15

Japenese

第三通目の手紙

サンフランシスコ市内で発生した第四の事件(プレシディオ・ハイツにおけるタクシー運転手ポール・スタイン殺害事件)から2日後となる1969年10月13日、地元紙であるサンフランシスコ・クロニクル紙の編集部へゾディアックを名乗る人物からの封筒が配達された。これが一連の事件において犯人から送付された第三通目の手紙である。郵便の消印は事件直後の10月13日付であり、サンフランシスコ市内の集配局から投函されたことが確認されている。この手紙が持っていた最大の決定性は、封筒内部に同封されていた物理的証拠の存在にある。封筒の中には、現場で殺害されたタクシー運転手ポール・スタインが着用していた長袖シャツの背中部分からナイフで直接切り取られた、約2インチ×3インチの大きさの血塗られた布片が封入されていた。第一通目および第二通目の手紙においては暗号文や事件の客観的状況の記述のみが提示されていたのに対し、第三通目の手紙において初めて、現場の被害者から直接採取された不可逆的な物理的証拠が添付された。この血塗られたシャツの切れ端の同封により、手紙の差出人がプレシディオ・ハイツの現場でポール・スタインの息の根を止めた実行犯本人であることが捜査機関および報道機関に対して不可逆的に証明された。

手紙の原文

ゾディアックからのメッセージだ。 昨夜、ワシントン街とチェリー街の近くでタクシー運転手を殺害したのは私だ。それを証明するために、血のついた彼のシャツの切れ端をここに同封する。ノース・ベイ地域で人々を殺したのも同じ私だ。 サンフランシスコ警察は昨夜、だれが一番大きい音を出せるかオートバイでレースごっこをする代わりに、公園をきちんと捜索していれば私を捕まえられたはずだ。パトカーの運転手どもはただ車を停めて、私が隠れ場所から出てくるのを静かに待っているべきだったのだ。 学校の子供たちはいい標的になる。ある朝、スクールバスを一台全滅させてやろうかと思っている。前輪のタイヤを撃ち抜き、跳び出してくる子供たちを一人ずつ仕留めていけばいいだけだ。

手紙の分析

第三通目の手紙の文面は、犯人固有の定型文である「ゾディアックからのメッセージだ」という一節から開始されている。本文の冒頭において犯人は、先晩ワシントン街とチェリー街の交差点においてタクシー運転手を殺害した事実を直接的に告白し、その事実を客観的に証明するための材料として同封した血塗られたシャツの切れ端を確認するよう指示している。この原文で注目すべき点がある。それは一通目の二つの事件については言及を重ねているに関わらず、二週間前に発生したベリーエッサ湖事件についての記述がないことである。

ゾディアック事件、最大の謎。

何故、ベリーエッサ湖事件を黙殺したか?

ベリーエッサ湖事件が発生したのは、サンフランシスコでのタクシー運転手襲撃事件よりも十四日前である。この事件は当時、新聞などのメディアでも大々的に報道された。さらに、現職の警察官であったゾディアック自身は、一般には公開されない事件の詳細な捜査資料や現場の鑑識データを閲覧できる環境にあった。それにも拘らず、彼が送った第三通目の手紙は、この直前に起きたベリーエッサ湖事件について一切触れておらず、完全に黙殺している。 自らの存在を誇示し、世間や警察を挑発し続けていた犯罪者であり成りすましである彼にとって、世間の注目を集めたこの大事件は、自らの戦果として主張するのに最も都合の良い存在であったはずである。しかし、彼はその手紙の中で、すでに解決済みであり認知もされていた過去のヴァレーホにおける第一および第二の事件をわざわざ引き出し、自身が実行犯であることを改めて念押しする行動をとった。 報道を完全に把握し、内部資料まで知り尽くしていた人間が、直近の重大事件をあえて不自然なまでに無視し、過去の事件の所有権ばかりを主張したという事実は、明白な矛盾として残る。事件の時系列と彼の情報アクセス権を鑑みれば、この黙殺という選択は極めて不自然であり、解明されるべき大きな謎として立ちはだかっている。

第三通目の行動分析

何故、否定しなかったのか?

冤罪をなすり付けられた立場であるならば、新聞等のメディアを通じて「著者なら自らの犯行を証明する物的証拠を確実に確保する。それを提示しない、あるいは提示できない者は私ではない」と明言し、他者の犯行を冷静に否定する手段が存在した。しかし、ゾディアックが実際に採った行動は、直前に発生したベリーエッサ湖事件を完全に無視し、直後に起こしたタクシー運転手襲撃事件の現場から持ち去った血塗られたシャツの切れ端という明確な物的証拠を提示することであった。

この行動の背景には、常人の理性では理解し難い特異な精神構造が存在する。彼は極度に肥大化した自尊心を抱えており、自らが構築した絶対的で冷酷な殺人鬼という象徴(ブランディング)に対して病的な執着を示していた。彼にとって、警察や世間に対して「自分はやっていない」とわざわざ弁明や否定を行う行為は、自らの弱さや動揺を晒す屈辱であり、自尊心の崩壊を意味した。そのため、彼には言葉によって事態を整理し否定するという選択肢自体が最初から存在しなかった。

また、警察の内部資料や報道を熟知していた彼は、言葉による否定が警察組織に対して何ら説得力を持たず、罪を逃れようとする虚言と見なされることを理解していた。自らにかけられた死刑(ガス室)への恐怖と、偽者の存在によって自身の威厳が脅かされる焦燥が重なった結果、彼は否定という手段を飛び越え、より過激で決定的な事実によって己の支配権を上書きしようと試みたのである。

言葉で説明する代わりに、大都市のただ中で新たな殺人を実行し、絶対に模倣できない決定的な物証を突き付けるという極端な行動へ直行したプロセスは、自己愛が傷つけられた際に発動する制御不能な怒りと過剰反応のあらわれである。この常軌を逸したリアクションと論理のショートこそが、彼を怪物へとおとしめ、第三通目の行動に常人には理解し難い歪みをもたらした精神構造の正体である。

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