「ゾディアック事件」解体新書File13

Japenese

レイク・ベリーエッサ事件の詳細

タクシー運転手ポール・ストライナーの射殺事件が発生する14日ほど前の、1969年9月27日の土曜日18時15分頃、カリフォルニア州ナパ郡に位置するレイク・ベリーエッサの湖畔において、ピクニックに訪れていたブライアン・ハートネルとセシリア・シェパードの大学生カップルが襲撃される事件が発生した。ふたりが湖畔の木立の近くでくつろいでいたところ、黒い頭巾を頭からかぶり、胸部に白い塗料で「○に+」のシンボルマークが描かれた奇妙な衣装を身につけた男が接近した。男はクリップオン式のサングラスを装着し、腰には大型のナイフと銃ケースを装着していた。男は銃を突きつけてふたりを威嚇し、自分はコロラド州またはモンタナ州の刑務所から脱獄してきた逃亡犯であり、メキシコへ逃亡するための資金と車両を必要としていると主張した。男はシェパードに対してハートネルの手首をプレカットされたプラスチック製のロープで縛るよう命じ、その後シェパード自身も硬く縛り上げた。ふたりが完全に拘束され身体の自由を奪われた状態を確認すると、男は事前の金銭要求や車両奪取の行動に移ることなく、隠し持っていた刃渡り約30センチメートル以上の両刃ナイフを取り出し、無抵抗のふたりに対して立て続けに刺突を加えた。ハートネルは背中や腹部などを6箇所刺されて重傷を負い、シェパードは身体の各部を計24箇所刺されて意識不明の重体となり、2日後に病院で死亡した。犯人は刺突行為を完了した後に遺体を放置して静かに現場から離脱した。

犯行を終えた直後、犯人は被害者ハートネルが所有していた1956年型フォルクスワーゲンの運転席ドアに向かい、黒いマジックペンを用いて過去の事件の日付である「Vallejo / 12-20-68 / 7-4-69」という記述とともに、自らがたった今実行した犯行日時である「Sept 27-69-6:30」および「by knife」という文言を直接書き残した。さらに、現場から約32キロメートル離れたナパ市内の公衆電話から警察へ直接通報を入れ、「二重殺人を報告したい」と自らの犯行を通告した。

ベリーエッサ湖の事件はゾディアックの犯行か?

ベリーエッサ湖で発生した第三の事件において、犯人は現場から被害者の所持品や衣類などの物理的証拠を持ち去っていない。真犯人(ゾディアック)が犯行の証明として被害者の血塗られた衣類などを回収し、後に新聞社へ郵送していた行動様式と比較すると、現場に物証を一切残したまま立ち去ったこの行動はきわめて異質であり、手口の整合性を著しく欠いている。

犯人は事件発生から約1時間後、自ら公衆電話を用いて警察へ通報を行っている。ゾディアックが自らの犯行や要求を世間に知らしめる手段として常に新聞社への手紙や暗号文の投稿を選択していた事実を考慮すると、リスクを冒して現場近くから警察へ直接電話をかけるという行動は、従来の媒体選択の論理と矛盾する。

犯人は被害者2名を拘束して無力化した上で刃物による刺傷を加えたが、命を奪うための確実な追撃を行わずに現場を離脱した。重傷を負った被害者が生存して生還した場合、事件の持つ残虐性や脅威という重みが損なわれるだけでなく、捜査機関へ目撃証言や情報を与える致命的なリスクを生じさせる。

犯人は現場となった車体のドアに対し、ゾディアックのシンボルマークや過去の事件の日付を油性ペンで殴り書きした。新聞という広域メディアを通じて社会全体へ自身の存在を誇示できる手段を持つゾディアックにとって、現場の車体に直接記号や日付を書き残す行為は冗長であり、従来のスマートな情報発信手法とは相容れない。

実行犯がゾディアックだった場合

もし本件がゾディアックによる実行であったならば、彼は確実に被害者の衣服の一部や所有物を回収していたはずである。警察や報道機関に対して自らの犯行を不可逆的に証明し、社会を震撼させるための材料として、ベリーエッサ湖での現場物証は手紙に同封する極めて高い利用価値を有していたからである。物証の確保を怠ることは、彼の犯行プロトコルにおいてあり得ない欠落である。 ゾディアックの目的が社会への恐怖の植え付けと自己の権威付けにある以上、標的の息の根を止める「確実な殺害」は絶対的な前提条件となる。無抵抗となった標的に対して不完全な刺傷のみを与えて放置することは、事件の重みを著しく低下させるため、ゾディアックの冷徹な行動原理と反する。

ゾディアックであれば、リスクを伴う直後の電話通報に頼る必要はない。彼は警察の通信網を介さずとも、独自に作成した手紙や精緻な暗号文を複数の新聞社へ送りつけることで、自らの犯行を独占的かつ一方的に社会へ公表し、警察を嘲笑しながら自慢することが可能であった。過剰な現場通報は、彼が確立していた情報公表の手順から逸脱している。 新聞という確実な公表手段を保持しているゾディアックにとって、犯行現場で自らの名前やシンボルマークを露出させる必然性は存在しない。現場で正体を誇示する工作を行うことは、捜査員に無用な形跡を与えるだけであり完全な無駄である。ゾディアックは常に無機質な現場を残し、後に送付する手紙と暗号によってのみ自らの存在を立証する手法を貫いていた。

真犯人の意図

この事件における犯人の行動は、特定の意図に基づいて巧妙に組まれた演出であると解釈できる。犯人はまず被害者に対し、奇抜な衣装とゾディアックのマークを見せつけることで、自身が世間を騒がせる連続殺人鬼であるという強烈な印象を植え付けた。そして、刃物による攻撃を加えつつも、あえて致命傷を避けて被害者を生かす選択をした。しかし、刺傷による出血多量を放置すれば一夜と持たずに死亡し、自身の「演出」を口頭で証言する者が失われる懸念があった。

そこで犯人は自ら警察へ通報を入れ、迅速に救急隊と警察を現場へ急行させるよう促した。これにより被害者を救出させ、警察の取調室において被害者自身の口から「犯人はゾディアックであった」と証言させる環境を作り上げた。さらに、万が一被害者が救助前に死亡した場合のバックアップ策として、車体のドアへゾディアックのマークと過去の犯行日時を書き残しておいた。これら一連の緻密な手順が意図していた目的は、真犯人(ゾディアック)へなりすますこと自体ではなく、自らが行った身勝手な欲望に基づく犯罪の全責任を既存の怪物(ゾディアック)へ丸投げし、警察の捜査網を自身から完全に逸らして逃亡を果たすための偽装工作であった。

ベリーエッサ湖における第三の事件は、ゾディアック本人による犯行ではない。犯行現場から自身の存在を決定付ける物証を何一つ確保していないという点だけでも、彼の確立された行動パターンと明確に矛盾しており、同一犯とみなすには極めて不自然である。 それに加え、銃器による確実な殺害を避けて刃物による不完全な刺傷にとどめた点、現場での過剰な記号の書き込み、そして直後の警察通報に至るまで、すべての挙動は彼の合理的かつ冷徹なプロトコルから乖離している。これらの要素は、自らの罪をゾディアックになすりつけ、捜査の目を欺こうとした別の悪党による計算された偽装工作であったことを示している。

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