「ゾディアック事件」解体新書File02

第二の手紙 ゾディアックと名乗る Japenese

第二の手紙

ゾディアックと名乗る

1969年8月4日、サンフランシスコ・エグザミナー社の編集部へ2通目となる手紙が届いた。この手紙の冒頭には「編集者へ、こちらゾディアックだ」という一文が記載されていた。犯行の主体が自らを「ゾディアック」という固有名詞で定義し、外部に対してその呼称を公式に使用したのは、この手紙が最初であった。これ以降、差出人はすべての通信においてこの名称を自らの識別標識として使用するようになった。 手紙は、ヴァレーホ市警察のジャック・スティルツ警部が新聞報道を通じて提示した「犯人しか知り得ない追加の証明を示せ」という要求に対する直接的な回答として記述されていた。

文面において犯人は、警察機構の捜査能力を非難するとともに、過去に発生した2つの事件に関する未公開の現場情報を詳細に開示した。1968年12月20日のレイク・ハーマン・ロード事件に関しては、殺害された少女被害者が装着していた衣類のボタンが弾丸の着弾によって外れていたことや、弾丸が身体を貫通した具体的な角度についての物理的記述がなされた。1969年7月4日のブルー・ロック・スプリングス事件に関しては、犯行実行直後に自ら警察へ通報電話をかけた際、ヴァレーホ市内の公衆電話の受話器をフックに戻さずそのまま吊り下げた状態で現場を離脱したという事実が明記された。

さらに、夜間の犯行において射撃の精度を保つため、使用した銃の銃身部分に大型の懐中電灯をテープで固定し、標的を照射しながら発砲したという具体的な犯行の手法と構造が記述されていた。文末においては、警察が自分を逮捕できない理由として、自らの計画性と知識が警察の捜査網を上回っているためであると主張し、暗号を掲載した新聞各社に対する言及がなされた。

手紙に記述された追加情報は、捜査当局が厳重に秘匿していた未公開の現場検証記録および鑑識報告データと完全に合致していた。被害者少女の着衣の損壊状態や弾丸の体内穿孔角度は、死体司法解剖執刀医の記録文書と一致していた。また、警察の通報受信記録ログには、犯行直後の通報で使用された公衆電話の受話器が垂れ下がった状態で発見された旨が記録されていた。夜間射撃における懐中電灯の使用手法についても、生存した男性被害者の「強い光で目くらましを受けながら至近距離から撃たれた」という証言の整合性を裏付ける物理的根拠となった。これらの記述は、差出人が警察発表の報道をなぞっただけの虚偽の人物ではなく、現場で直接的に犯行に及んだ真犯人本人である事実を完全に証明するものであった。

2通目の手紙が送付された1969年8月4日以降、ゾディアックからの新たな手紙の送付および犯行の発生は一時的に途絶え、約2ヶ月間にわたる沈黙期間に入った。捜査機関および社会全体が次の動向に対して高度な警戒態勢を維持する中、この沈黙は次の事件が発生する同年9月27日までの間、不気味な停滞期として継続した。

コメント

タイトルとURLをコピーしました