「ディアトロフ峠遭難事件」解体新書File05

Cold case

なぜ森に向かったのか?

漆黒の中の雪中行の意味

テントが雪崩によって押し潰された深夜の現場において、頭上からのさらなる崩落(二次雪崩)の危険性は極めて高い状態にあった。完全な暗闇と暴風雪の中で崩壊地点に留まり続けることは、再度の雪塊の襲来により全員が即座に圧死または埋没するリスクを直視させるものであった。したがって、斜面の危険地帯から即座に身を引いて水平ないし下方の安全と思われる領域へ緊急避難を図る心理構造は、災害直後の行動としてきわめて自然なものであった。

1.5km先の森

しかしながら、マイナス30度に達する極寒の雪山において、靴も履かず薄手の下着に近い姿で1.5キロメートルもの距離を移動する行為は、自らの生存可能時間を急速に失わせる致命的な危険を伴っていた。強風が吹き荒れる露出斜面を歩行することは、数十分で全身の末梢血管を凍結させ、重度の低体温症を引き起こす。風を遮る樹木が存在する森林地帯を目指すという目的地設定そのものは理にかなっていたものの、その距離は当時の軽装状態において耐え得る限界を大きく超過していた。

優先順位は衣服の確保

極限の寒冷環境における生命維持の観点からは、二次崩落のリスクを一定程度甘受してでも、その場で潰れたテントを掘り返して防寒具や靴を確保することが最優先課題であったと言える。素手による掘削作業は重度のアサガオ状凍傷や激痛を伴うものの、衣服なしでの長距離移動が確実な凍死を意味する以上、即時の装備奪還こそが唯一の生存手段であった。しかし彼らは、作業の難度と二次崩落の恐怖、そして手作業での発掘の不確実性から、衣服の掘り起こしを後回しにして退避を選択した。

誰が判断したか?

この決定を下したのは、隊員たちから絶対的な信頼を寄せられていたリーダーのイーゴリ・ディアトロフであると考えられる。残された日記の記述によれば、隊員たちは彼の高度な知識と経験を盲信しており、彼の指示に対して疑問を挟むことなく従う組織構造が形成されていた。崩壊直後の現場に残された整然とした足跡の形状は、パニックによる個別の離散ではなく、指揮官の判断のもとで規律を保ったまま一列となって森林地帯への退避行動が実行されたことを示している。

最初の凍死者

風を避けられる森林地帯へ到達すれば体勢を立て直すことができるという判断とは裏腹に、1.5キロメートルの行軍は森林へ到着した時点ですでに隊員の体力を限界まで奪い去っていた。ケドルの大木周辺において濡れた枝を用いた小さな焚き火が熾されたものの、マイナス30度の環境下で低下した体温を回復させるには至らず、ドロシェンコとクリボニシチェンコの2名が最初の低体温症(凍死)により生命を落とすこととなった。森林は彼らの生存を担保する安全地帯としては機能しなかった。

断絶

判断ミスの為の引き返し

1.5キロメートル離れた森林地帯に到達したものの、焚き火の熱量だけでは衣服を欠いた状態での致命的な体温低下を阻止できないという現実に彼らは直面した。風を避ける目的で選択された森林への避難行動自体が、生存可能時間を浪費させる判断ミスであったことが明らかとなった。この極限状態において低体温症により2名の隊員が相次いで倒れたことにより、森林に留まり続けることは全員の確実な死亡を意味する状況となった。彼らは自らの判断の誤りを認識し、生命の保持に必要な防寒着と装備品を再確保するため、崩壊した1.5キロメートル上方のテントへ再び向かう決断を余儀なくされた。

テントに向かう組

体力の余力を残していた隊員たちは、凍死の回避に向けた極めて生存率の低い不確定な賭けに出ることを選択した。彼らに残された唯一の生存可能性は、暴風雪が吹き荒れる斜面を逆登半し、埋もれたテントから防寒着や靴を掘り起こして森林の仲間へ持ち帰ることにのみ存在していた。この決死の補給ミッションを果たすべく、リーダーであるイーゴリ・ディアトロフ、ジナイダ・コルモゴロワ(女性)、そしてルステム・スロボジンの3名が、極寒の斜面を再びテントへ向かって登り直す行動を開始した。

待つ組

自力での著しい登坂が困難な負傷者や体力を消耗した隊員たちは、森林地帯に留まることとなった。彼らは焚き火の周囲で体温の保全に努めながら、斜面を登っていった3名が装備の奪還に成功し、衣服を持って戻ることを待つ体制を取った。しかし、マイナス30度の極寒地帯における待機は刻一刻と彼らの体力を奪い、生存の限界時間を確実に削り取っていった。

木に登って成否を伺う

森林に残された隊員たちは、高所の視野を確保するためにケドルの大木の枝へ登り、遠方の斜面およびテント方向の状況を継続して観察した。彼らは強風の中で枝を折り、上空から3名の帰還行動の成否を可視的に確認しようと試みた。しかし、斜面を逆登していたディアトロフ、コルモゴロワ、スロボジンの3名は、暴風雪と極度の低体温により過酷な登坂の途中で次々と力尽き、倒れて死亡した。3名の登坂失敗と死亡を木の上から目撃した残留メンバーは、唯一の衣服奪還計画が完全に潰えたことを知ることとなった。

沢に向かう

テントへの引き返しの失敗と3名の死亡を確認したことで、森林の地上部に留まる選択肢は完全に破綻した。地上での焚き火では防寒が不十分であり、そのまま滞在し続ければ全員が低体温症で死亡することが不可避となった。残された隊員たちは生存時間をわずかでも延伸させる最後の手段として、風圧を直接受けず積雪を利用して保温可能な近隣の沢底(V字谷)へと向かい、そこに深雪を掘り進めて避難用シェルター(雪洞)を構築する行動へ移行した。

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